F35墜落 原因はパイロットの「空間識失調」機体姿勢の誤認か?

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 2019年6月10日 13時27分NHK NEWS WEBの記事である。防衛省はこんなに簡単に結論を出して良いのか?が素直な私の印象である。

 パイロットが死亡し、フライトレコーダーも回収できないので、データリンクというシステムを使って事故機の航跡を再現した結果という。これによれば、午後7時26分頃管制塔から事故機は近くを飛行する米軍機との距離を保つため高度を下げるよう指示され、「はい、了解」と日本語で伝え指示通り高度を下げたが、おおよそ20秒間で高度を4,900メートルも下げ、速度は時速900キロ以上であった。続いて管制塔から左旋回を指示され、指示通り左旋回をした後、訓練を中止する「ノック・イット・オフ(一連の訓練の内一つのメニューが終わった時などに通常使用される)」と落ち着いた声で話したという。事故機はその後も急降下を続け、この交信の後、さらに速度を上げ時速1,100キロ以上になり、15秒ほどの間にさらに高度は4,400メートルに下がり、午後7時26分30秒頃レーダーから消え、事故機は墜落したと推測された。 この空間識失調原因説に漠然と疑問を唱える記事もあるが、私は学問的な幾つかの疑問を持っている。パイロットの生命に直結する問題を解決せずに、このまま実機配備を続けていくことは日本の空の防衛体制を弱体化させるだけである。

①空間識失調については2002年PILOT誌に三浦靖彦氏が「空間識失調[視覚錯覚〕について」の中で、「飛行中は様々な感覚器(視覚・平衡感覚及び深部感覚)からの強さ・方向・頻度の異なる刺激があるため、空間識を維持することは困難であり、これらの感覚のずれ(ミスマッチ)により錯覚が起こり空間識失調に落ち老いりやすい」ので「もし飛行中に空間識失調になったら計器を信用し自分の体感覚を無視しなくてはならない」と述べている。そうだとしたら、事故機のパイロットはこの原則を知らなかった、あるいは、守らなかった、ということなのであろうか?すなわち、この事故はパイロット自身の怠慢・未熟さから起こったのであろうか?

②また、同文献は「空間識失調による事故の予防のための最良の方法は、空間識失調を自ら実体験することであるが、実機で体験するには危険が伴うので、バラニーチェア、空間識失調トレーナー、VRSDD(virtual reality spacial disorientation demonstrator)などが開発されているが、わが国では空間識失調を体験できる施設の整備が不十分な現状」と述べている。2002年の論文なので、2019年現在施設整備の状況は当時とは異なるであろうが、F35に対応できるような空間識失調の体験施設は完備されているのであろうか?すなわち、体制整備の不十分さが原因なのであろうか?

③人間の視空間認識の局在は右頭頂葉外側であり、地誌的失見当識は右頭頂葉内側である。日常の実地臨床でもこれらの部位の虚血で視空間失認を見る。耐Gスーツのお陰で急降下による重力の急激な変化によるブラックアウトは防げたが、経過から体内循環血量分布不均等による脳虚血発作の可能性が十分あると考えられる。すなわち急降下した原因は不明であるが、疾病、急降下による脳虚血発作、が原因であろうか?

④③とは異なり急降下の結果ではなく急降下する以前に脳虚血発作(脳梗塞)を発症していた、つまり、急降下も脳虚血の結果生じたと考えると一連の説明が可能である。右頭頂葉の病巣は前述のような空間認識障害のみならず、左半側空間無視、失書・失読、エイリアンハンド症候群など特徴的な神経所見を呈する。管制塔からパイロットが「高度を下げるように」指示された時に既に右頭頂葉の虚血が生じていたとすれば、たとえマニュアル通りに計器を見たとしても、失書・失読のため計器を正しく読めず、誤操作になるはずである。右頭頂葉の病巣を持ったパイロットは意識は清明であり会話もできるため、高次機能障害があるにもかかわらず管制塔の素人目には正常に見えてしまう。空間認識もできず、計器も読めない状況に陥っていたとすれば、交信の内容とパイロットがとった行動の矛盾に納得がいく。日常臨床でも空間識失認を自覚していない高次機能障害患者がいる。本ケースのパイロットは①の三浦靖彦氏が言う健康なパイロットの誰もが体験する訓練可能な錯覚による空間識失調ではなく、高次機能障害による空間失調の可能性が否定できない。今回の事案から学ぶとすれば音速を超えるようなハイテク戦闘機パイロットには脳虚血の結果として生じる空間失認のチェックも搭乗前にチェックするべきであろう。そのためには、日常臨床で行われている重複五角形、透視立方体など図形の模写や手指でキツネなどの形を作らせる手指肢位模倣のような簡単なスクリーニング検査を取り入れるべきであろう。爆風による軽症頭部外傷症候群でも頭部CTあるいはMRIでも異常所見が見当たらないが、MRI/DTI(拡散テンスル画像)で所見が得られる例も報告されている。頻回に高Gにさらされているパイロットの健康診断が真にパイロットとして必要な検診が行われているのであろうか?MRI/DTIは錐体路、感覚器、視放線などの神経線維の走行と病巣部位との位置関係を明らかにするものであるが、高価且つ高度な戦闘機のパイロットには平常時にはこのようなチェックも必要であろう。すなわち、今回の事故は平常時からのパイロットの健康診断の在り方に原因があるのであろうか?

 いわゆる錯覚による空間識失調とすれば交信内容があまりにも正常であり、これらの矛盾の学問的探究もなしに断言してしまう防衛省の姿勢・体質では事故は防げない。空の防衛体制は人馬一体、つまりパイロット戦闘機一体で初めて成立するものであり、早急に①~④の課題を分析する必要がある。

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