『ソーシャルディスタンス』から見た我国の現状 Social Distancing(社会的距離を取ること)について本当に分かっているのか?

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新型コロナウィルス感染症の予防策として、ソーシャルディスタンスという言葉がにわかに注目されているが、疫学的な意味ならソーシャルディスタンスではなく、『ソーシャルディスタンシング』という英訳が正しいと言っている人もいるように、その意味をよく知らないまま使用されていると思われる。ソーシャルディスタンスとは?、本当に感染症蔓延の予防に対して有効なのか?という素直な疑問に答えてくれる論文、Rapid expert consultations on the COVID-19 pandemic : March 14, 2020-April, 2020:The National Academies Press、を紹介しながら、我国の現状を鑑みた。

呼吸系ウィルスは空気中の粒子(会話、くしゃみ、咳)、粒子の空中浮遊(直径5μ以下、くしゃみ、咳)、表面媒介(表面接触、目・鼻・口の粘膜接触)の3経路にて人-人感染が起こる。多くの研究は過去のインフルエンザの経験に基づいて、ソーシャルディスタンシングはより長い期間の疾病数や死亡、疾病の発生の拡大を減少させると一般に言われてる。ソーシャルディスタンシングは学校や職場の閉鎖からマスクを着用する大規模イベントの中止のような幅広い地域社会への干渉であるが、予後にどれほど貢献するか?は必ずしも明確ではない。しかし、一般的には、歴史的あるいは計算上、現在有効な抗ウィルス治療やワクチン戦略がない時は有効である。しかし、これらの研究は全社会的あるいは経済的な費用と全く協調されておらず、現在のパンデミックにおけるソーシャルディスタンシングの費用、費用対効果について十分示されていない。

※『命が大事か、経済が大事か』という二者択一を迫る政治家が派手なパフォーマンスを繰り返しているが、実際には白黒とはっきり決着をつけられるものではない。むしろ、両者を協調させ対応していくことが望まれており、我国の専門家委員会もそうあるべきである。また、『新しい生活様式』という子供じみた提案をするのではなく、ソーシャルディスタンシングの貢献度は明確ではないが、有効な治療薬やワクチンがないから必要であることをきちんと国民に説明すべきであった。国民が政府の提案した自粛行動をしないから蔓延が防げないんだ!といった如何にも上から目線で提案された『新しい生活様式』は学問的裏付けがないだけではなく、国民の心情的にも反発を招くと思われる。

情報提供として中国武漢の新型コロナウィルス感染症のパンデミックを3相期に分けて紹介する。前提としてウィルスの基本生殖数は3.86と見積もった

①2019年12月8日から2020年1月23日

 新たな発症者が指数関数的に増加。

②2020年1月23日から2020年2月2日

 ソーシャルディスタンシング実施。疑い症例の自宅隔離、防疫線設立、公共輸送機関の停止、入口路や公共スペースの閉鎖、強制的マスク着用、個人衛生の強制、体温や自己モニタリング。この期間にウィルスの生殖数は1.26まで低下したが、まだ1.0以上あるためウィルスが拡散する可能性があった。

③2020年2月2日以降

 防疫線設置、公共輸送機関の停止、入口路や公共スペースの閉鎖は継続し、症例のために企画された病院への中央隔離、移動キャビン病院、学校、汚染あるいは可能性のある患者ためのホテル、許可のない住民全員の全体的な厳重な自宅待機の政策、広範囲の体温と症状モニタリング、全体のスクリーニングと報告、を追加した。これらの追加にて生殖数は0.32まで低下した。2月18日まで感染症の94.5%を予防すると見積もられた。

※毎日報道されるのは、相変わらず感染者数・退院数と死亡者数のみである。毎日のPCR 検査の対象者が何名で、その内、何名が陽性なのか?、疑い症例の何%が陽性なのか?など一切国民に報告されていない。例えば、100名の感染が確認されたとして、1,000名の検査の結果なのか、10,000名の検査の結果なのかで、その評価は全く異なってしまう。PCR検査自体についても感度(病気の人が陽性になる割合)、特異度(病気の人が陰性になる割合)が公表されていないので、除外診断・確定診断がどの程度正しいのか不明である。さらに、感染経路のはっきりしない数のみが公表され、全体的な疫学的なデータが全く公表されないため、外出自粛を含めた対応が有効か否か確かめようがない。

また、インペリアル・カレッジ・ロンドンからの報告では、症例の自宅隔離、汚染患者の隔離、学校・職場の閉鎖と含む幅広いソーシャルディスタンシングは新たな症例の発生を減らせなかったし、発症の立ち上がりを緩徐化させることもできなかった。しかし、この疾病の再発生を避けるため、有効なワクチンが発展・開発されるまで持続し、18か月以上の可能性もある。著者は伝染能力と干渉の有効性の見積もりは明確ではないと強調したが、3か月の干渉で脆弱な人口(老人あるいは慢性疾患)には他の方法も含めたソーシャルディスタンシングが死亡率を半分にし、ピークが2/3になったと解析した。同様に米国で老人のみのソーシャルディスタンシングでは病院のsurge capacity(収容能力)を凌駕し、100万人の死亡者を出すかもしれない。

※疫学的な調査結果が示されていないので、年齢、喫煙の有無、既往症などリスク因子が示されず、『新たな生活様式』という漠然としたものだけで、本来重要であるはずの生活習慣の変容について言及されていない。

逸話風に、2002年のSARSのアウトブレークの経験から検出の能力に磨きをかけたシンガポールでは、学校・職場の閉鎖をすることなく、症例の隔離、接触経路追跡、汚染者の隔離でSARS-CoV-2の伝搬を抑制した。この結果は普及した診断検査の有効性を持つ者のみ可能である。

※PCR検査自体の制度、検査数、など公表されないのは、国民にかえって検査能力が不十分ではないか?という疑心暗鬼を生むばかりではなく、検査が十分対応できれば、これほどの蔓延は起きなかったのでは?という不信感が大きくなる。

日本政府及び専門委員会のあまりに学問的ではない『新しい行動様式』にあきれるのを通り越して虚しい感じになる。専門家は専門家の意見を言わず政治家に忖度し、政治家は危機感を持たずに言葉尻で国民をまやかしている。安倍総理の一昨日の『緊急事態宣言の延期』の会見は魂がないただの原稿の棒読みであり、安倍総理の目は第一次安倍内閣を放棄した時を彷彿させ、心ここにあらずであった。一刻も早い、政治の指導性の回復を願うばかりである。

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