「災害級の医療非常事態」というなら、医療は「感染対策から災害対策への転換」を実践すべき。

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 小池百合子東京都知事は8月20日の記者会見で「現在、コロナとのたたかいの真っただ中であり、最大の危機を迎えている。都にとっても今以上に重要な時期はなく、まさに災害級で、医療非常事態だ」「都として死者や重症者を出さないことを最優先に考えて、医療提供体制の課題解決を進めてきた。今、このような状況にあって、医療非常事態対応体制で、都庁の総力をあげて、全庁一体となって取り組んでいく」と述べたという。この考え方自体が、災害の観点からすると正しいとは言えない。災害時には平常時と異なる概念が必要である。分かり易い例を挙げれば、災害時、例えば大地震の時にオリンピック・パラリンピックを開催することはあり得ない。災害級と口で言っているだけで、災害対応をしている訳ではない。

 「災害時の医療」とは、医療需要が医療供給をはるかに上回り医療資源が著しく制限された状況下の医療である。平常時の医療は患者個人にとっても医療継続も含めた全体にとっても最良であることを期待されているが、災害時の医療は患者個人に対する最良と医療継続は必ずしも併存しない。災害時には患者の選択は重症度に軸足を置いた選択ではなく、医療資源に軸足を置いた選択が行われ、結果として「ある傷病者たちが他の状況下では生存し得たかもしれないにもかかわらず、より多くのその他の傷病者の利益のために犠牲になること」を許容していることになり、「医は平等に提供されるべき」という医学的倫理観から逸脱しているような状況に陥る。そのため、日本医師会の患者の権利に関するリスボン宣言の中に「供給を限られた特定の治療に関して、それを必要とする患者間で選定を行わなければならない場合は、そのような患者はすべて治療を受けるための公平な選択手続きを受ける権利がある。その選択は、医学的基準に基づき、かつ差別なく行われなければならない。」という一節がある。患者の選択の公平性と言っても簡単ではなく、多くの学会でもこのような事態の患者選択に関しては普遍的見解を示していない。

米国では8月5日当ブログで紹介したように、crisis standard of care(危機管理基準)と呼ばれる「突然の災害や住民の健康危機の時に何万人あるいは何十万人と発生する多数の犠牲者に対して可能な最良の医療を提供する」ためのフレームワークが存在する。その適応指針として、①広範囲にわたる災害や壊滅的な災害により、通常の医療水準を満たすことができない場合に適用される、 ②主要な資源の利用可能性を拡大し、臨床現場に与える資源不足の影響を最小限にするという共同の目標を持っている、 ③通常の治療を受ければ助かる患者が亡くなることを認識しながら、可能な限り多くの命を救うことに努める、 ④危機管理基準を実施するには、救命処置を受けるための患者をどのようにトリアージするかなど、限られた資源の配分に関する施設固有の決定が必要となる。この4つの指針の中で、特筆すべきは③であり、「ある傷病者たちが他の状況下では生存し得たかもしれないにもかかわらず、より多くのその他の傷病者の利益のために犠牲になること」を許容していることになる。このことは医学倫理や法大きな問題や課題を残しているが、今回の新型コロナ禍でもcrisis standard of careが論議されている。日本でもこの議論が早急に必要であり、国民に理解を求めることが必要不可欠である。

 災害には「予防」、「準備」、「対応」、「回復」の4つのサイクルがある。今回の新型コロナウィルス禍を災害と考えるなら、都知事の発言の「死者や重症者を出さないこと」は準備に相当するものであり「防災対策」である。しかし、現状は「対応」のサイクルであり、起こった災害を如何に小さくするかの「減災対策」が不可欠な時期である。すなわち、今は「死者や重症者を出さないこと」ではなく、如何に多数の傷病者を救うことかが焦点となり、そのためには患者の医療資源に軸足を置いた選択が迫られている。「減災」対策が必要な時期にいくら「防災」対策を論じても効果はないのは当然である。

 8月22日の横浜市長選挙では小此木氏が落選し、その主な原因は政府の新型コロナウィルス対策への不満とする報道が多い。信頼を失っている政府がいくら「安全、安心」と言っても聞く耳を持つ者は少なくなってしまった現状では、現在の分科会委員を一新し、思い切った方針転換を行うべきである。例えば、国民を一様に同じように扱うのではなく、十分な感染対策を講じた国民や組織には活動を自由にする一方、講じていない国民や組織には制限をする、といった方針も考えるべきであろう。

 新型コロナウィルス禍を災害と考えるなら、感染対策ではなく災害対策を実践すべきことを理解しない限り、政府や行政機関の新型コロナウィルス対策は効果が出るはずがない。

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