敵基地攻撃能力の保有の目的は「抑止」ではなく、「抑止力」を持つこと

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 敵基地攻撃能力についは、国会議員や専門家の一部から「今の時代は発射台付き車両(TEL)からミサイルを射出するわけで、動かない基地を攻撃したところで抑止できるのか?」と問題提起されている。Preparing for the future of combat casualty careによれば、仮想敵国であるロシア、中国、北朝鮮、イランの長距離精密ミサイルは想像以上に高性能であり、発射されれば甚大な被害が及ぶことは周知であり、しかも100%の迎撃は困難とされている。従って、我国が敵基地攻撃能力を持ったとしても実際にミサイルが発射されれば「抑止」することは困難であり、「抑止」を求めて敵基地攻撃能力を整備しても十分な効果は得られないのは当然である。

 敵基地攻撃能力を持つ最大の意義は敵の攻撃の「抑止」ではなく、敵にミサイルを撃たせないように敵と同等以上の攻撃力を持つことにより敵に攻撃を思い留まらせる「抑止力」を持つことである。防衛を論じる際には「抑止すること」と「抑止力を持つこと」とは区別して語る必要である。一部の議員や専門家は「抑止」することと「抑止力」を持つことを区別しないでの発言が目立ち、結果として国民に混乱をもたらせている。

 抑止力には攻撃的抑止力と防衛的抑止力がある。しかし、我国は憲法により現状では防衛的抑止力(積極的防衛・受動的防衛)しか整備されていない。新たに我国が従来認められていない攻撃的抑止力を持つとするなら、最近の混沌とした世界情勢の中で従来の路線上の防衛的抑止力では対応しきれない想定が現実化する可能性が著しく高くなってきた結果、攻撃的抑止力の必要性が生まれてきたということを多くの国民に知らせ理解を得た上で納得してもらう必要がある。

 さらに敵基地攻撃能力を持てば敵のミサイル攻撃対象目標になることは周知である。敵のミサイルは一旦発射されればその破壊力の結果、敵の攻撃の対象となる敵基地攻撃能力を持つ基地周辺は人・物・制度・組織・機関などが著しい破壊を受け、機能が低下し、作業が制限された状況、すなわち、 Preparing for the future of combat casualty careに記載されている CDO( contested, degraded, or operationally limited )環境に陥る。被害が甚大広範であるため反撃体制を整えるためにはその地域社会全体の対応能力の向上が必要である。そのためには、situation awareness(状況評価)が重要であり、かつ、その概略をその地域に説明し(防衛上実害のない範囲で)、協力を仰がねならない。このような観点から、敵基地攻撃能力を持つことに賛同する人達の説明が著しく不足しているため、国民の不安が払しょくされないままである。

 中国と米国の冷戦を始めとした混沌とした世界情勢の中、日本だけが世界情勢と無関係に安定した平和を享受できる時代ではないことを多くの国民は知っている。その国民に対する真摯な説明も無いばかりか、「抑止」と「抑止力」の区別もしないで騒いでいる議員ばかりの現状ではこの国は危ういというべきなのであろう。

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