『決断』と『判断』

 最近の管理責任者は『決断(judgement)』と『判断(desicion)』の違いを認識していないと思われる事案が多い

 『決断』とは主観的で、再現性・規定・基準はなく、職責は責務であり、業務は意思決定であり責任を伴う。一方、『判断』とは客観的であり、再現性・規定・基準があり、職責は業務であり、業務は実務であり処罰を伴う。つまり、『決定』は決定者つまり管理責任者の担当であり、『判断』は担当者の担当である

 これを知った上で、『東京五輪の中止判断「WHOの勧告に従う」 IOC会長』は管理責任者と言えるのであろうか?自ら行うべき『決定事項』を相手に譲る行為は既に管理責任者の行動とは言えない。組織論から言えば明らかな責任放棄である。

 科学的根拠に乏しいと発言した現場に派遣された医師の声を反映させたとは思えない学識経験者の意見の下、実施されている自粛要請期間も当初の2週間から、さらに10日延長された。科学的根拠よりもオリンピックの開催日程に合わせたかのような自粛要請その他の対応は効力・効果よりもかえって多くの弊害を生んでしまった印象を受ける。確かに今回のコロナウィルスは今まで経験したことがなく、科学的根拠だけでは物は言えない。だからこそ、より管理責任者の『判断』ではなく、『決断』が求められている。トランプ氏「東京五輪、1年延期した方がよい」と安倍首相に『決断』を促している。『何も決断できない決断こそが最悪の決断』と知るべき時期である。管理責任者は現場に混乱をもたらすようでは既にその職責が問われている。オリンピック実施と中止の国民への影響を面子や名誉、経済的側面からだけではなく国家観から天秤にかけ、今こそ、『オリンピック中止』の英断をすべき時期と思われる。その功罪は数年あるいは数十年後の日本の現状をみない限り賛否両論のはずであるが、いたずらな引き延ばしは国民の反発を食うだけである。

『情報』の伝達について

 後手後手対策であるとの誹りを回避するような安倍首相の矢継ぎ早の対応発表やマスクばかりではなくトイレットペーパーやティッシュペーパ―の不足を見ていると、『情報』に対する基本的知識が不足していると思われる。

 明治初期に仏軍の軍事教本の中の『renseignement』という言葉は『敵状を報知する』という意味で『状報』と翻訳され、人間は情報を処理する動物であり、その後広く使用されていく中で『情報』に変化していった。『状』ではなく『情』という単語からして心情的な要素が含まれいる。従って、『情報』の伝達に関しては正しく伝えるための情報伝達ツールなどの純粋に工学的な問題の他に、人間工学的な問題を含んでいる。つまり『情報』伝達とは、正しく伝わっても『正しい行動を惹起しない』と意味がない。特に災害時には、伝える側が聞き手に『正しく行動させる』情報伝達を行わないと被害が拡大する。

 情報の送り手は迅速性と正確性を求めるのみではなく、信頼性と分かり易さを必要としている。例えば、菅官房長官の会見では、日本の総人口は約1億人なのに、何故マスクの生産量が1億枚を超えたにも拘わらず未だに買えないのかの説明がないし、また、この先の具体的な販売スケジュールもないので、政府の発表の仕方はかえって市民の不安をますばかりである。また、安倍首相の学校閉鎖の矢継ぎ早の対応もその成果や期間が具体的に示されていないため、かえって政府自身が慌てているとの印象を市民に与え不安を増長しているだけである。政府の今の一番やるべきことは失っている信頼を取り戻すような情報発信・伝達である。

 一方、市民は流言(根拠が不正確にも拘らず広がってしまう情報)やデマ(政治的な意図を持ち相手を貶める(オトシメル)ために流される情報)に惑わされないよう、日頃から情報のリテラシー(情報を見抜く能力)を磨く必要がある。いたずらな不安は不安を増長し、被害を大きくするだけである。

臨時休校中の生徒達の生活は?何をして良いのか?何をして悪いのか?

 2月27日『安倍晋三首相は27日、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、全国の小中高校に臨時休校を呼び掛ける異例の対応に踏み切った。』の報道の一方で『全国一律で科学的根拠が乏しい』とのとの報道もあった。最悪を想定し最大の対応を取るという災害対応の基本的な考え方であれば、必ずしも科学的根拠だけに依存する訳にはいかないので、両者の意見を真摯に聞くべきであると思われる。

 しかしながら、もし今回の臨時休校の決定が『政府内の慎重論を首相主導で押し切った形だ。背景には「政府は後手に回っている」との批判が広がり、内閣支持率も下落していることもあるとみられる。』との報道の指摘が当たっているとすれば論外であるが、必ずしも否定できない事案が生じていた。

 『臨時休校新型コロナウイルスの感染拡大を受け、安倍晋三首相が国民に大規模イベントの開催自粛を呼びかける中、秋葉賢也首相補佐官が26日、仙台市内で立食形式の政治資金パーティーを開いていた。』の報道の中に当補佐官の言い分として『(批判は)はっきり言って心外だ。どの国会議員以上にリスク管理をしてやった。言いたくはないが、今日もパーティーをやっている議員もいるし、26日は(同じ宮城県選出で元防衛相の)小野寺(五典)議員も感染者が出ている東京でもやっている。私が補佐官という肩書だからといって、私にだけこう着目されるというのはどうかなあと思う』とあった。十分な危機管理をすれば大丈夫と言った、いわゆる、自分だけは大丈夫という『安全安心のバイアス』にかかっている補佐官は『最悪を想定し最大の対策を行う』という危機管理の大原則は知らなかったと思われる。

 いずれにしろ、臨時休校を実施するには、安倍晋三首相自身が政府内の委員会での発言ではなく、国民に向かって直接、少なくとも、①臨時休校を実施することになった経緯と理由、②臨時休校中の生徒達とその家族に臨時休校中の暮らし方、すなわち、何をして良いか、何をして悪いか、を説明すべきであるし、もし、臨時休校中の日常生活にもある程度の自粛を必要とするならその旨国民にお願いすべきである。

 臨時休校中の生活も自主管理というのではあまりに無責任である。例えば、大半の子供は塾に行っていると思われるが、従来通り塾に通うなら臨時休校する意味は全くないと思われる。塾に通うか否かを親達の自主的な判断に任せたり、また、塾を閉鎖するか否かの決定を塾の管理者に自主的決定に任せ、政府は関与しないではあまりにも無責任である。片方で制限し、片方で個人の自主管理に任せるといったちぐはぐな対応の結果が今日の新型コロナウィルスの蔓延につながったことを反省し、実態に合った判断力・決断力が首相をはじめとする政府に求められているし、直接安倍晋三首相自身が国民に丁寧に語るべきである。

 

安倍首相、大規模イベントの中止要請 韓国・大邱からの入国拒否

 先日の指摘通り、結局は大規模イベントの中止要請に至りました。あまりにも後手後手の対応であり、危機管理能力の稚拙さを示すものと思われます。

 さらに、2月25日『新型コロナウイルスに感染し、その後退院していた大阪府在住のツアーガイドの女性が、再び陽性となったことがわかった。』と言う報道がありました。諸専門家がTVなどで様々な意見を述べていますが、基本的なことを言えば、加藤厚生労働大臣が言う新型コロナウィルスに対するPCR検査法に関しては、まずはその信頼性と検査の感度、特異度が重要です。

 PCR法はウイルスの遺伝子を増幅させて、ウイルスを検出しますので、ウィルスの遺伝子が明確詳細に知られていれば信頼性は高いと言えます。逆から言えば新型コロナウィルスの遺伝子型は本当に明らかになっているのでしょうか?が問題になります。

 一方、検査の感度とは陽性の結果が正しく出る確率で除外診断に使われ、特異度は検査の陰性が正しく出る確率で確定診断に使われます。今回の新型コロナウィルスに関して言えば、PCR陰性が本当に陰性なのか?の確率は100%にちかいのでしょうか?厚労省が新型コロナウイルスのPCR法の感度特異度を示さなければ、PCR陽性陰性を言ったとしても、国民の信頼は得られないと思いますし、患者の発生は止めることができません。

 このような危機管理の中、『防衛省は26日、中東に派遣した海上自衛隊の護衛艦「たかなみ」が、アラビア海北部で情報収集活動を始めたと発表した。』との報道があった。安全神話とは最低限正しい危機管理の上に想定されるが、その危機管理が正しく行われていない現状では、彼らの安全を神頼みするしかない。

新型コロナ感染経路 エアロゾル感染の可能性も

2月19日NHKニュース2月20日テレ朝ニュースにて『主な感染ルートとして挙げていた飛沫感染と濃厚接触による感染に加えて、密閉された環境で長時間、高濃度の「エアロゾル」にさらされた場合には、「エアロゾル」感染が起きる可能性があると指摘しました。』との報道がありました。一方、2月8日上海市民政局が、専門家の意見として「エアロゾル感染の可能性がある」と述べたと報じたことに対して、2月10『厚労省結核感染症課は「日本国内で分かっているデータを分析しても、空気感染したと証明できるに足る証拠は見つかっていない。あわてず、せきエチケットや手洗いなど、これまでも周知してきた飛沫感染、接触感染を防ぐ対策をこれからもお願いしたい」としている。』との報道もありました。

 明かな接触歴のない患者の発生という現状を考えると、本当にエアロゾル感染が否定できるのか、真剣に検討すべきと思われます。もし、エアロゾル感染であれば、厚労省が推奨する手洗い、うがい、サージカルマスクでは対応不可であるからである。

Prehosipital Trauma Life Support :Military Ninth Editionでは生物テロ対策に関して、接触予防策、飛沫予防策、エアロゾル予防策を概略しています。

接触感染予防策

  • 微生物の直接あるいは間接的な接触を減らす
  • 接触感染予防策を必要とする一般的にみられる微生物は、ウィルス性結膜炎、MRSA、疥癬、単純ヘルペス・帯状疱疹
  • 生物テロの結果として遭遇し厳しい接触予防策を必要とする微生物は、長い間肺症状を示さず、あるいは、ひどい嘔吐と下痢を示す、マルブルグ熱やエボラのようなウィルス性出血熱が含まれ、これらでは空中予防策も必要である。

飛沫感染予防

  • 5μm以上の大きな飛沫核によって伝搬されると知られている微生物との接触を減らす
  • 会話、くしゃみ、咳、吸引などの日常的処置で人へ伝搬される
  • 微生物が眼、鼻、口の露出した粘膜に着地することにより感染する。
  • 飛沫核が大きいので空中に浮遊せず、通常は3フィート(0.9m)と定義されている近い距離で感染する
  • 飛沫は空中に浮遊せず、その他の附属的な呼吸予防策やエアフィルターの必要ないので、飛沫予防策は、手袋、サージカルマスク、ゴーグルの接触感染予防である。
  • このカテゴリーに含まれる微生物は、インフルエンザ、マイコプラズマ肺炎、インフルエンザ菌、ナイセリア髄膜炎であり、テロに用いられる可能性の高いのは肺ペストである

エアロゾル感染予防

  • 空中からの経路により伝搬する微生物の可能性を減らす事である
  • 微生物は5μmより小さな飛沫核あるいは埃に付着し空中に滞留する
  • 環境により、感染源の周囲、あるいは、感染源からかなり広い範囲まで散布される。
  • このような拡散を防ぐため、患者は排気換気をフィルターを通す病院の減圧室に隔離する
  • 手袋、ガウン、眼保護、N95のようなフィットテストをしたHEPAフィルターマスクが必要である。
  • 典型的なエアロゾル感染を起こす微生物は、結核菌、はしか、水痘、SARSである
  • 呼吸症状を伴う天然痘とウィルス性出血熱はテロの関連性の高い微生物である。

即ち、エアロゾル感染であれば、通常のマスク、ガウン、ゴーグルでは予防策としては不完全であり、政府の推奨する予防策では感染拡大を防ぐことはできない。

2月20日19時6分加藤功労大臣は『新型コロナウィルス感染に伴うイベント自粛は要請せず』と会見したが、もし、エアロゾル感染症の疑いが不定できなければ、こんな悠長なことを言わずに、早急に自粛を要請図べきである。

岩谷健太郎医師がダイアモンド・プリンセス号内の感染対策不備を指摘したが、まさしくその通りであり、政府自体の緩い対応が感染拡大を起こしたことは否定できない。

今回のイベント自粛要請もタイミングを失う可能性が著しく、早急に要請すべきであるし、我国の感染対策のお粗末な現状からは生物テロの可能性もあるオリンピックのテロ対応が懸念される。

安倍首相の中東3か国歴訪、一転予定通り実施か

 9日の読売新聞オンラインニュースに『安倍首相は9日午前、イランによる在イラク米軍基地攻撃に関するトランプ米大統領の演説を受け、首相官邸で記者団に「自制的な対応を評価する。今後も地域の情勢の緩和、安定化のために外交努力を尽くしていく」と語った。』が掲載された。首相の支持率低落の中、米国とイランとの戦争回避の流れだけではなく、自衛隊を派遣しておいて自分はいかないのか!というネット上の批判も加味した判断と思ってしまう。

 しかし、本当に中東の平和と安定を図りたいなら(その使命感が強ければ)、状況に拘わらず歴訪する強い決意や心意気を示さなければ、相手も胸襟を開くはずがない。今回のような日和見、あるいは、世間の批判による外交では実のある外交は得られない。また、自衛隊を派遣するなら、自ら陣頭に立っていくことも陸海空自衛隊の総指揮権を持つ総理の務めでもあるし、これが自衛隊員の士気を向上させる。

首相の中東訪問見送り イラン報復攻撃受け

 サンケイニュースによれば「政府は8日、イランによるイラク国内の米軍駐留基地への攻撃を受け、今月中旬に予定していた安倍晋三首相の中東訪問を見送る方針を固めた」そうである。安全や生命に関する危険が非常に高いことを考慮した判断であろうが、自衛隊の中東派遣は予定通りであるという。もちろん、自衛隊派遣の目的は我国の船舶を保護する目的であるため、多少の危険は覚悟の上だろう。

 しかし、自衛隊が果たして本当の意味で交戦が可能なのか(法的な整備以前に、自衛隊員は実戦の経験がなく、また特に、艦船同士または艦船への攻撃の実戦は最近例がなく論文的探究もできない)、銃後の守りである戦傷兵の診療体制が万全とはいえない、を考えた場合に、「行かせるべきではない」と誰一人政治家は声を挙げてはしない。

 政治家の模範であるべき首相が行かない、あるいは行きたくない、危険な地域に、首相自らの身を安全に置いたまま、真の国家のためとは言い難い漠然とした目的のために自衛隊員の生命を危険に晒して良いのか?を考えた場合に、自衛隊の派遣を断行する意義を、今一度原点に帰り「本当に派遣する意味はあるのか?」から論じるべきであろう。悲しいかな!IR汚職、桜を見る会、等々、政治家の政治信条が見えない時代になっている。

このまま「中東派遣」で自衛隊は大丈夫か  

 林 吉永氏の「このまま「中東派遣」で自衛隊は大丈夫か」フォーサイト-新潮社ニュースマガジンを呼んだ。その文中に『「自衛隊員の生命を直接の危険にさらす」ことに思いが至っていない。唯一の救いは、石破茂元防衛相が「自衛隊員の立場を考えなければならない」と発言したことである』という一文があった。『生命を直接の危険にさらす』ことに対する議論や対応は必要であり、憲法問題も含め十分議論することに異論はないが、これはあくまで未然に事故を防ぐという『防災』の観点の議論である。

 如何に準備したところで負傷者をゼロにすることは不可能である。負傷者が発生しないことを前提とした議論ではなく、負傷者が発生した際の対応を練るのが『減災』である。今回の自衛隊派遣は不測時の対応が充分予想され、負傷者が発生した際に『想定外のことが起った』と言い逃れが許されないはずである。昨年10月のフィリピンの訓練での事故死を教訓に、『生命の危機の遭遇した場合の対応』、すなわち、万が一負傷した自衛隊員の医療体制が飛躍的の向上したのであろうか?陸自の教訓が海自に生かされたのであろうか?2017年1月南スーダン・ジプチの視察では自衛艦内の処置室は後送を主としているためは貧弱で、かつ、重症対応能力・技術も不十分であった。さらに、根本治療までの後方搬送も自衛隊自前ではなく民間あるいは他国のシステムに依存せざるを得ない状況であった。2019年までの2年間に海自はハード面ソフト面で外科的対応能力や搬送能力が海外派遣に見合う体制になったと言い切れるのであろうか?

 『「命ぜられれば全力を尽くします」と覚悟する自衛隊員に対して』法的な議論だけではなく、早急に実践的な戦傷医療体制を構築することが彼らを守る最良の手段である。自衛隊員の命は国家の捨て石ではない。

骨髄輸液路について

最近末梢静脈輸液路の確保が困難な状況において、骨髄輸液路の見直しによりその有用性が高まり、種々の装置が発売されている。Emergency War Surgery2018によれば、その装置は手動か半自動かによって分けられ、前者にはCook、FAST1、sternal EZ-IO、Sur-Fast、後者にはB.I.G(bone injection gum)のモデルがある。その挿入部位は機種によって異なり、①脛骨:B.I.G、Cook、Sur-Fast、EZ-IO、②上腕骨近位部:EZ-IO、③胸骨:FAST1、sternalEZ-IOとされている。

 私が視察していた頃の第一線救護衛生科隊員養成実習では、B.I.Gにて上腕骨近位端に骨髄輸液路を確保していたと思われる。今現在はどのようか機種が使用されているか分からないが、正しい機種を正しい部位に挿入することが救命処置では重要な事であり、そのためには正しい使用法が望まれる。

ホルムズに自衛隊「独自派遣」 政府検討 哨戒機で警戒監視

 2019年8月6日に産経ニュースの記事である。日本にとって重要なシーレーン(海上交通路)であるホルムズ海峡の安全確保に自らが汗を流す姿勢に反対するものではない。

 しかし、自衛隊の派遣となると「現状の自衛隊の実戦(実践)能力を過信していないだろうか?第二次大戦以降幸いにして戦争に巻き込まれなった反面、軍事的な経験はもとより医療救護体制も乏しいと言わざるを得ない。最新兵器だから大丈夫という安心感は何の根拠もなく、イラク・アフガン紛争時の米国・英国軍の経験からも市街戦という戦争形態の変化、死亡よりも負傷させることを主眼とし厭戦気分を促す戦略的構造の変化、文化風習をはじめ天候などの環境、IEDなどによる新しい外傷の形、などに対応できなければ戦えても勝利は得られない。

 当たり前のことであるが、どんな戦闘でも所詮人が主体である以上、兵士の精神的肉体的損傷を考えなければならない。精神的な問題では、本当に自衛隊員は敵を狙って打てるのであろうか?警官の銃は威嚇のためであるが、自衛隊員の銃は殺すためのものである。人が人を狙って引き金を引くということは、戦争の倫理的や法的な問題はもとより、個人の精神ケアが重要な鍵である。「幼いころから当たり前のことである人を殺してないけない」ということを敢えて無視させることを愛国心という大義名分だけで済ませてはいけない。兵器の良し悪しは兵器それ自体は勿論、兵器を使用する軍人の戦闘能力に因るのは周知であるが、平和憲法の下、残念ながら現在の自衛隊は「戦う」という組織を司る自衛隊員に、軍隊に必要な軍人教育いや軍心教育、がなされていない。

 身体的なケアについて言えば、2017年1月ジプチ視察の際に護衛艦「きりしま」の医療処置室を視察したが、Role1の機能しか持ち合わせていなかった。関係者はヘリコプターで陸上の医療施設に空輸するから心配ないと言っていた。軽傷(軽症)や慢性疾患の想定のみなら、確かに十分であろう。このような護衛艦の現状がこの間に改善進歩されたとは最新の予算の配分からは感じ取ることができない。

 第二次大戦以降、戦艦同士の戦闘はなくなり、洋上での戦闘形態はどのようなものなのか?、経験が非常に少なくなっているが、ホルムズ海峡への派遣では銃による銃創、タンカー襲撃事件(2016年)に使われた吸着型水雷などによる爆風損傷が考えられる。ヘリコプター搬送はあくまで安定した負傷者であり、安定化治療は実地しなければならない。Military Medicine in Iraq and Afganistanに示された英軍の経験からは、もし自衛艦がホルムズ海峡に派遣されるのであれば、Role2A(外科的蘇生や輸血が可能)の能力、英軍のMERTや米軍のAirborne FSTの設立が最低限必要とされるであろう。

 自衛隊は残念ながら設立の経緯、現在までの歴史など鑑みれば、「戦える存在」とは言い難い。派遣の主旨に隠れてホルムズ海峡派遣は実戦の経験につながるだろうとの考えなら、あまりにも軽率であろう。最悪を想定した準備を行うのはリスク管理であり、想定外の出来事であったということはリスク管理ではない。