2024 Assessment of the DEVCOM Army Research Laboratory(DEVCOM陸軍研究所の2024年評価報告);nationalacademies.org/read/28878

 米陸軍の基礎研究機関である DEVCOM Army Research Laboratory(The U.S. Army Combat Capabilities Development Command ARL) に対し、米国科学・工学・医学アカデミーが4年サイクルで実施する評価の3年目にあたり、11ある研究コンピテンシーのうち 4分野 を対象として評価したレポートである。各分野における成果と課題・提言を表にした。

評価対象となった4つの研究コンピテンシー成果課題と提言
1.Biological and Biotechnology Sciences(生物・バイオ技術)・過去6年で大きく成長し、強力なチーム・最新設備・優れた研究水準を確立。
・微生物群集、バイオマテリアル、合成生物学などで先進的成果。
・特にプラスチック(ポリウレタン)分解研究は世界的に重要な分野でリーダーシップを発揮可能。
・他コア領域・他分野との連携を強化(例:マイクロ流体、計算生物学との連結)。
・合成生物学の対象生物を他の菌類属へ拡大し、外部専門家の長期訪問で技術習得。
・データサイエンス/AI活用の近代化戦略の導入。
・バイオインフォ人材の不足解消。
2.Network, Cyber, and Computational Sciences(ネットワーク・サイバー・計算科学)・優秀な研究チームと重要テーマへの取り組みが評価。
・量子ネットワーク研究などは世界レベル。
・計算数学・計算科学人材のさらなる拡充
・Layer 3 ルーティング、マルチホップネットワークなど古典ネットワーク基盤の強化
・サイバー防御の研究設備が不足(IDS、SIEM、各種ツールの導入が必要)
・“機械学習だけでは対処不能な状況” に備え、古典的数理最適化も強化
・Federated Learning など統合テーマによる各プロジェクトの横断的統合
3.Photonics, Electronics, and Quantum Sciences(フォトニクス・電子・量子科学)・各コア領域で世界トップレベルの研究成果。
・一部施設は「優れており、世界クラス」。  
・フォトニクスと量子科学の連携を強化し、ハイブリッド量子–光学システムで世界的リーダーを目指す。
・メタサーフェス研究者の招聘を提案。
・古典センサと量子センサの連携で新規技術創出。
・SiC(炭化ケイ素)ファウンドリは国家的資源になり得るため、人員とリソースの強化が必要。
・IC設計(アナログ・デジタル・ミックスドシグナルの大学連携と人材確保を拡大。  
4.Sciences of Extreme Materials(極限環境材料科学)・材料科学の多くの成果が世界トップクラス。
・ARLの材料施設は「世界最高レベル」と評価。
・ポリマー・樹脂の知見強化のため、産業界(Dow, DuPont等)との連携深
・「超材料」研究ではハイリスク・ハイリターン型プロジェクトをポートフォリオに追加
・ML×材料科学の専門家、ポリマー化学者、セラミストなど 追加人材が必要
・物理ベースのシミュレーション、V&V、UQ などの強化で AI/ML研究の科学的厳密性を向上

 全体として、多くの研究が 米国内外のトップ研究機関と同等、またはそれ以上 の水準にあり、研究者の質・施設・外部連携は極めて優れているが、一方で、分野間連携の強化、データサイエンス活用、設備の拡充、人材層の拡大 といった改善余地がある。

Technology for the United States Navy and Marine Corps, 2000–2035: Volume 4 – Human Resources(米国海軍・海兵隊の将来人材に関する報告書);nationalacademies.org/publications/5838

 本報告書は、2035年に向けた米海軍・海兵隊の人材(Human Resources)の戦略的課題と提言を体系的に整理したものであり、技術革新・社会構造の変化・作戦環境の複雑化に対応するために、人的能力をどのように確保・維持・発展させるかを検討している。

 将来環境の特徴は、①人員は減少するが、個々の技能・判断力・教育レベルはより高度化する、②作戦は「共同・多国間」で実施され、即応性・分散運用が必須とされる、③技術進化(情報量増大・自律化・高度システム)が任務形態を大きく変化する、④社会・人口動態(女性増加、高学歴化、家族形態の多様化)によりQOL需要が増加する、⑤新たな脅威(化学・生物等)への適応が求められる、の5項目である。これらは人材要求を高度化させ、従来型の人事・教育・訓練では対応できないと結論づけている。

 21世紀の人材確保に向けて 8つの戦略目標を提示している。

1. 高能力人材の採用資質の高い人材の確保
Lateral entry(中途専門人材)活用
2. 職務分類・配置の精緻化適性データを用いた最適マッチング
生産性・定着率の向上につながる
3. 優秀人材の長期確保旧来の「20年退職」前提制度の限界
報酬・キャリア制度の柔軟性強化
4. 教育・訓練の高度化STEM教育(Science、Technology、Engineering、Mathematics、Artsを加えた2000年代に米国で始まった教育法)強化、大学院教育の価値向上
シミュレーション・AI指導で訓練期間20–40%短縮
5. QOL(Quality of Life)の強化家族支援・住環境・コミュニティ形成
個人の満足度が士気・再任率を左右
6. 医療・特殊領域への対応強化戦闘医療、予防・防護など将来要求への準備
7. 人事システムの統合管理配置・教育・評価・訓練を「全体最適」で統合
人材版“Battle Lab”の設置提案
8. 技術との共進化人間の認知限界を考慮したシステム設計
自動化・AIの活用による効率化+負担軽減

 戦略目標の獲得のために優先的に取り組むべき課題をまとめている。技術だけでは成果は得られず、最高レベルの人的能力の確保・維持が海軍/海兵隊の未来を左右する

1. 教育・訓練の革新を“投資対象”として最優先技術導入による訓練時間短縮:年間63M〜500Mドルの効果
埋め込み型訓練、オンデマンド学習、継続教育を標準化
2. QOLを人的戦闘力の中核と位置付けるQOL向上 → 士気・任務達成・再任率・パフォーマンス向上
家族支援・通信環境の改善・住環境・職務マッチングが重要
3. 報酬・キャリア制度の柔軟化民間市場との競争力確保
高スキル人材の長期定着を後押し
4. 人材管理の“システム化”選抜/配置/教育/訓練/評価を統合
部分最適ではなく「戦力全体の最適化」を追求
5. “人”こそが最大の戦力 当たり前の事項の再確認

A Systematic Literature Review of Impact Systems for Developing Generalized Medical Injury Criteria for Behind Armor Blunt Trauma (Behind Armor Blunt Trauma (BABT) に関する体系的文献レビュー): MILITARY MEDICINE, 190, S2:632, 2025

 本論文は、防弾装備(ボディアーマー)越しに発生する鈍的外傷(BABT;Behind Armor Blunt Trauma)に関する研究を体系的にレビューし、「高速度の胸腹部圧縮を再現するために、どのような衝撃システムが使われ、どのように医学的損傷基準(Medical Injury Criteria: MIC/Enhanced Medical Injury Criteria:EMIC)が構築され得るか」を整理したものである。胸腹部BABTは臓器ごとに反応が異なり、実弾×アーマー試験は限界があり、①一般化された損傷基準は作れない、②インデンター+生体(ブタ)試験が汎用的な医学的損傷基準(EMIC)の構築に必要、③新しい基準は、将来のアーマー設計や兵士保護・医療準備性の向上に直結する、とまとめてある。

 以下に、暴露と損傷のマトリクス、損傷別サマリー、文献的な各国の比較、をまとめた。

暴露条件対象臓器・部位使用モデル衝撃システム主な損傷
実弾(99–910 m/s)+硬質アーマー生体ブタ実弾衝撃肺挫傷、肋骨骨折、血胸・気胸
実弾(700–790 m/s)+硬質アーマー胸部(胸骨)ヒト遺体実弾衝撃胸骨骨折(AIS 1〜4)、肋骨骨折
実弾(700 m/s)+硬質アーマー脊椎ヒト遺体実弾衝撃重度脊椎損傷(AIS 5)
インデンター(21–122 m/s)肺・肝臓・心臓生体ブタインデンター衝撃臓器損傷(時間経過で進行)、出血、組織破壊
インデンター(20–60 m/s)胸部ヒト遺体インデンター衝撃胸骨への力学的負荷、骨折リスク評価(IRC)
実弾(800 m/s)+硬質アーマー心臓生体ブタ実弾衝撃心筋損傷、出血、致死性損傷の可能性
実弾(800 m/s)+硬質アーマー肝臓生体ブタ実弾衝撃肝裂傷、出血、機能障害

 衝撃速度やアーマーの有無、使用するモデル(生体・遺体・物理モデル)によって損傷の種類や重症度が大きく変わる。特に臓器損傷は時間とともに進行するため、インデンター(indenter:材料の硬さや弾性率を測定するための装置)を使った生体実験が重要視されている。

損傷部位主な損傷内容暴露条件使用モデル備考
肺挫傷、出血、気胸・血胸、肺破裂実弾(700–800 m/s)、インデンター(21–122 m/s)生体ブタ最も多く研究された部位。時間経過で損傷が進行。
肋骨・胸骨骨折(AIS 1〜4)、胸郭変形実弾(668–790 m/s)、インデンター(20–60 m/s)ヒト遺体胸骨のピーク荷重からIRC(損傷リスク曲線)を作成。
脊椎脊椎骨折、脊髄損傷(AIS 5)実弾(700 m/s)、インデンターヒト遺体、生体ブタ(一部は除臓)胸部よりも損傷耐性が低い可能性あり。
心臓心筋損傷、出血、致死性損傷実弾(99–133 m/s)、インデンター(30–59 m/s)生体ブタ低速でも損傷が発生。致命的な影響を及ぼす可能性。
肝臓肝裂傷、出血、機能障害実弾、インデンター(21–59 m/s)生体ブタ肝臓は柔らかく、圧力に弱い。損傷は時間とともに進行。
上肢(手・肘・前腕)軟部組織損傷、骨折空気圧式インパクト(16–19 m/s)ヒト遺体BABTとは異なるが、局所衝撃の評価に使用。

 肺と胸部が最も頻繁に研究されていて、心臓や肝臓の損傷は比較的低速でも深刻な影響を与える。また、骨の損傷は比較的早期に判明するけれど、臓器損傷は時間とともに進行する。

国名主な研究機関・著者使用モデル衝撃システム研究の焦点特徴・備考
アメリカ 🇺🇸Yoganandan, Bass, Bir, Stemperヒト遺体、ブタ、物理モデル実弾、インデンター、空気圧式胸部・脊椎・心臓・肝臓の損傷評価、IRC作成軍事・自動車両用安全基準の両方に応用。IRC開発が進んでいる。
スウェーデン 🇸🇪Gryth, Sonden, Prat, Arborelius生体ブタ実弾(高速度)肺損傷、硬質アーマーの防御性能大規模なブタ実験が多く、肺損傷の詳細なデータが豊富。
中国 🇨🇳Luo, Liu, Wenゼラチンモデル、数値シミュレーション実弾、有限要素法衝撃波の伝達、アーマーの変形解析モデリング中心。ソフトアーマーの挙動に注目。
ドイツ 🇩🇪Kunz, Frank物理モデル、ブタ実弾、インデンター胸部・心臓の損傷実験とモデリングの両方を組み合わせたアプローチ。
イギリス 🇬🇧Jennings除臓ブタ実弾脊椎損傷の評価除臓モデルを用いた特殊な脊椎研究。
オランダ 🇳🇱de Langeヒト遺体(上肢)空気圧式インパクト手・肘・前腕の局所損傷BABT以外の局所衝撃評価に特化。

 この表から、国ごとに研究のアプローチや焦点が異なるのが、アメリカとスウェーデンが生体モデルを用いたBABT研究の中心で、中国は数値解析に強みを持っている。

The Future of Combat casualty Care ; Is the Military Health care Ready ? 『戦闘時の負傷者治療:軍の医療体制は未来の戦いに備えられているか?』         (www.rand.org ; RAND_RBA713-1)

 2018年の米国防戦略では、対テロ戦から国家間の大規模戦闘への備えが重視されるようになった。中国やロシアなどの潜在的な敵国は、長距離・高精度の兵器を保有しており、米軍に多数の負傷者を出す可能性がある。それらに備えるために、主な課題と提言をまとめた。

1.前線での治療能力の強化
 負傷者が急増する可能性に備え、野戦病院のベッド数や手術室の拡充が必要。
 ドローンによる物資補給や、大量外傷に対応したトリアージ戦略の導入が有効。
2.医療資材の事前配置
 冷戦時代のように、必要な医療物資を戦域近くに事前配置することで迅速な対応が可能に。
 保管コストや輸送手段の最適化が課題。
3.医療ロジスティクスの強化  素早く物資を補充し、医療機器の保守を行う体制が必要。
 民間や国際パートナーとの協力も視野に入れるべき。
4.本土での対応力の向上
 北極圏など過酷な環境での医療支援体制の整備。
 大量の負傷者が本土に戻る事態に備え、医療施設の拡充や新たな訓練・設備投資が必要。
5.医療産業基盤の強靭化  緊急時に必要な医薬品の供給が追いつかない可能性あり。
 生産能力の拡大、供給元の多様化、品質管理の強化が求められる。

 結論として、未来の戦闘環境では、単一の対策では不十分である。複数の施策を組み合わせた「ポートフォリオ型」の対応が必要であり、MHS(軍医療システム)は柔軟かつ持続可能な体制を構築することが求められている。

Modern military medicine : Focus on transfusion practices in forward deployed environments.(前線展開環境における輸血実践の最新動向)N.Frescaline , F. Deassus , M.Chueca , J.-J. lateillade

 防衛省でも輸血に関する議論が展開されているが、フランスの状況をまとめた論文である。

 世界の年間死亡の約8%が外傷によるものであり、戦闘環境においては、出血が最も予防可能な死亡原因とされている。そのため、早期輸血とバランスの取れた蘇生法(血液成分の適正比率での補充)が重要であると強調されている。

 フランス軍医療部隊・輸血センターの輸血ドクトリンは、①ドナー選定・採血・スクリーニング・安全管理・追跡・監視・教育訓練までを体系化している、②「戦闘現場(負傷直後)から最終治療施設まで」の全過程をカバーする前線輸血体制を構築している、③特徴的なのが「ゴールデンアワー・ボックス(Golden Hour Box, GHB)」という専用輸送容器。温度監視機能付きで、最前線まで血液を安全に輸送できるよう設計されている、ことである。優先される血液製剤と特徴を以下の表にまとめた。

    優先度製剤名(和名)主要特徴(短評)
      1冷蔵・低力価O型全血(cs-LTOWB)O型(Rh陽性)男性ドナー、抗A/B低力価(<1:64)を選別し「事実上の万能全血」として運用。+2〜+6℃で最大21日保存。前線での即時輸血に最優先。(cimm-icmm.org)
      2赤血球(RBC)+フランス製凍結乾燥血漿(FLyP)RBCは貧血改善、FLyPはABO不問・長期常温保存・短時間で再構成可能。前線・遠隔地での実用性が高い。(cimm-icmm.org)
      3温かい新鮮全血(wFWB)コンポーネントが使えない場合の代替。感染スクリーニング・安全性管理は重要。(cimm-icmm.org)
  補足(課題)血小板製剤血小板は保存期間が短く前線での安定供給が困難。今後の課題。(cimm-icmm.org)

 前線での運用課題は、広大な作戦地域(例:サヘル・サハラ地帯)では、搬送時間の長さが大きな問題となり、「負傷点に近い場所での輸血実施」が重視されている。主な課題として、①電源・冷蔵設備の確保、②サプライチェーンの脆弱性(特にウクライナ紛争などで顕著)が挙げられ、提案される解決策として、①事前ドナー登録・スクリーニング、②携帯型冷蔵・加温装置、③小規模分散型血液デポの設置、④ドローンによる輸送、などが挙げられる。

 考察・示唆される事柄としては、①軍事・人道医療の現場では、「全血優先 → 成分療法補完」という流れに変化している。中でも、凍結乾燥血漿(FLyP)は、資源の乏しい環境で極めて有効、②O型・男性・低力価ドナーを選ぶことで「安全な万能全血」の運用を可能にしている、③「現場で輸血できる体制(GHB導入)」は、民間救急(例:離島や山間部の外傷治療)にも応用可能である、が挙げられる。ただし、感染リスク、供給網の維持、長期保存技術など課題も多い。本論文は軍事向けの研究だが、災害医療・遠隔医療への応用可能性も示唆している。今後の展望として、①前線環境での血小板製剤の安定供給、②長期保存が可能な新しい血液製剤の開発の必要性、③医療従事者の輸血教育・訓練強化の重要性の強調、が挙げられる。

 最後に、本論文の他に、Joint Trauma System Clinical Practice Guideline ( JTS CPG) ; Prehospital Blood transfusion、Dried blood plasma project to help save soldier’s lives launches、Japan to Make Urgent Care Blood Products for Self-Defense=Forcesを比較して、主要国の前線における輸血方針を表にまとめたので、参考にされたい。

優先製剤・方針(概略)前線配備の代表的取組 / ガイドライン主要特徴・備考
  フランスcs-LTOWB 優先 → RBC + FLyP(論文のドクトリン)。GHBで前線輸送。(cimm-icmm.org)French Armed Forces Blood Transfusion Centre の実運用報告(Barkhane等)。(cimm-icmm.org)cs-LTOWB(+2〜+6℃ 21日)、FLyPは室温保存可。前線での早期輸血を制度化。(cimm-icmm.org)
  米国(US)前線・搬送中の「早期輸血(whole blood/RBC+plasma)」を強調。JTSガイドラインやType A / Whole Bloodガイドが存在。(jts.health.mil)JTS(Joint Trauma System)のPrehospital/Enroute CPG、各種Prehospital Blood initiatives(PHBTIC)等。(jts.health.mil)米軍も現場全血(Type A/0)や前病院段階での輸血を導入・標準化中。カルシウム投与やクリスタロイド最小化など運用細則あり。(jts.health.mil)
  英国(UK)乾燥血漿(freeze-dried / spray-dried plasma)導入を推進。前線でのプラズマ早期投与を重視。(nhsbt.nhs.uk)NHSBT と国防省の「Blood Far Forward」プログラム(dried plasma導入)、DMSの現場導入事例。(nhsbt.nhs.uk)Dried plasmaにより「30分以内のプラズマ供給」を目標。前線で常温保管・迅速投与が可能。(nhsbt.nhs.uk)
  日本(自衛隊)新たに全血製剤の自製(計画・検討)や前線訓練の強化が報道ベースで進行中。実証・導入段階。(JAPAN Forward)自衛隊によるフィールド訓練映像や防衛省の製剤開発計画の報道(2024年〜)。詳細ガイドラインの公開は限定的。(JAPAN Forward)日本は自国生産や供給網整備を検討中。血小板や前線用製剤の運用は課題が残る。(JAPAN Forward)

Exploring Military Exposures and Mental, Behavioral, and Neurologic Health Outcomes Among Post-9/11 Veterans (2025)

 これは、全米科学・工学・医学アカデミー(NASEM)が米退役軍人省(VA)の委託を受けて実施した、9/11以降に従軍した米国退役軍人の有害物質曝露と精神・神経・行動的健康への影響に関する包括的研究報告である。目的は、2001年以降のアフガニスタン・イラク等への派遣軍人が曝露した燃焼ピット、粉塵、燃料、排気、金属、放射線、溶剤、カビなどの環境・職業性曝露が、精神疾患・神経疾患・慢性多症候群(CM:Chronic multisymptom illness)と関連しているかを評価することである。CMIに関しては、当ブログでも2018年10 月2 日『戦争後症候群とCMI』というタイトルで取り上げたテーマである。本報告は、9/11以降の米軍従軍者における有害環境曝露と精神・神経疾患との関連を科学的に検証したものであり、特に粉塵・排気・PMなどの空気汚染曝露がPTSDやうつ病、神経変性疾患に関与する可能性を指摘している。一方で、データの制約から因果関係の確定には至っていない。今後は個人レベルの曝露履歴と多因子的要因を統合した追跡研究が求められると結論している。より詳細な個人曝露データと長期追跡研究が今後必要とされるが、以下にデータを表にまとめた。

 VAと国防総省(DoD)のデータを統合した個人曝露記録(ILER)を使用し、対象は2017~2023年にVA医療を受けた約114万人の退役軍人のうち約96万の曝露記録を用い、精神・神経疾患など16の健康アウトカムを検討したものである。曝露と疾患との「関連の可能性(possible risk-conferring relationship)」が認められたのは以下の組み合わせであった。

疾患関連が示唆された曝露
調整障害粉塵・PM、排気、焼却炉排出物
うつ病PM
PTSD粉塵・PM、排気、焼却炉排出物、溶剤
統合失調症・精神病排気、PM
睡眠障害PM
物質使用障害(SUD)粉塵・PM、排気、焼却炉排出物
自殺未遂・自傷行為粉塵・PM、排気、焼却炉排出物
ALS排気、溶剤
認知症PM
多発性硬化症溶剤
パーキンソン病粉塵・PM、排気
慢性多症候群(CMI)粉塵・PM

 結論としては、135通りの曝露×疾患のうち24組で関連の可能性が認められた。現時点では決定的な因果関係は証明されていないが、粒子状物質(PM)・排気・溶剤等が精神・神経疾患リスクを高める可能性が示唆された。

Defense Software for a Contested Future: Agility, Assurance, and Incentives;2025, National Academies

 国防高等研究計画局(DARPA)で、目的は「大規模・統合的ソフトウェアシステムの俊敏性(Agility)と信頼性(Assurance)を高める方法」を提示するために、米国防総省(DoD)におけるソフトウェア開発と調達の改善策を検討した報告書である。

 DoDのほぼすべての兵器・指揮・情報システムはソフトウェアに依存している。しかし、開発遅延・要件不適合・脆弱性・改修の困難さなどが長年の課題であり、商用ソフトウェア分野(COTS)が導入しているアジャイル開発や形式的検証(Formal Verification)などの先進手法を取り入れる必要がある。

 この報告書は以下の3つのテーマに基づき整理されており、主要な提言をまとめて表にした。結論としては、「俊敏性(Agility)」「信頼性(Assurance)」「インセンティブ(Incentives)」は相互に依存しており、どれか一つだけを改善しても十分ではなく、文化・契約・技術・人材のすべてを変革する必要がある。報告書は、DoDが商用ソフトウェア開発のベストプラクティスを採り入れ、「継続的に進化し、安全で柔軟な防衛システム」を構築するための技術的・制度的ロードマップを提示している。

分野内容改善の方向
Agility(俊敏性)ソフトウェアを迅速・柔軟に開発・更新できる能力アジャイル開発、継続的統合(CI/CD)、モデルベース開発、DevSecOpsの導入
Assurance(信頼性)ソフトウェアの機能・セキュリティの保証形式手法の活用、メモリ安全言語の使用、SSDF(NISTの安全開発基準)の適用
Incentives(インセンティブ)開発者・組織が高品質ソフトを作る動機付け柔軟な契約(OTA)、開発環境整備、長期サポート契約、優秀人材の確保

Advanced Battle Management System: Needs, Progress, Challenges, and Opportunities Facing the Department of the Air Force

 自衛隊でも陸・海・空の統合が勧められているが、米国国防総省(DoD)は、Joint All-Domain Command and Control(JADC2) 構想を進めており、陸・海・空・宇宙・サイバーすべての領域での情報・指揮統制の統合を目指していて、その中で、空軍の貢献部分が「Advanced Battle Management System(ABMS)」 である。

 ABMSは、センサーから射撃までの「情報収集・分析・意思決定・行動(sensor-to-shooter)」を高速・自動化するためのシステム・オブ・システムズ(複合統合システム)として構想されており、ABMSは、将来的に米空軍およびDoD全体のデジタル指揮統制の中核を担う重要構想であるが、現段階ではまだ定義・統合・実装が発展途上である。成功の鍵は、技術革新だけでなく、ガバナンスと文化変革の両輪にあると結論づけている。

 主な理由として、①ABMSは非伝統的な取得(アジャイル開発)手法で進められており、まだ明確な要求仕様・性能目標・スケジュールが不足、②初期段階では「実証実験(on-ramp)」が中心で、実運用レベルの統合・性能評価は未達成である、③2021年以降、開発主担当が「空軍チーフアーキテクト室」から「Rapid Capabilities Office(RCO)」に移管され、実運用化フェーズへ移行中である、④統合指揮権限が不明確で、各軍種が独自にシステムを構築しており、相互運用性(interoperability)にリスクがある、が挙げられる。

Potential Environmental Effects ofNuclear War (2025)

http://nap.nationalacademies.org/27515

 核戦争の地球環境へ及ぼす影響について、まとめた論文である。ソ連・ウクライナ戦争において、時々プーチン大統領が戦術核兵の使用を仄めかしている昨今、大いに参考になるので、重要なポイントをまとめた。

①環境破壊の深刻さ
・爆風、放射線、火災などにより、人命だけではなく、大気・水・土壌といった自然環境にも深刻な影響をもたらす
・放射能汚染により水は飲めず、土地は耕作不能になる

②火災と煙による気候への影響
・大規模な都市火災で発生した煙は成層圏まで達し、長期間に渡って太陽光を遮る
・結果として、地球の気温が低下し、光合成や農業に大きな影響が出る(核の冬)

③生態系への影響
・植物や動物の生物的多様性が損なわれ、食物連鎖に著しい障害が生じる
・陸生動物、海洋動物の生態系に対して、気温・降水・光の変化が影響を及ぼす

④社会・経済への影響
・食料生産の激減による飢餓
・癌や急性放射線障害による健康被害
・経済活動、流通、医療などの社会基盤の崩壊
・世界経済や貿易ネットワークの大混乱

⑤現代のリスク
・核保有国が増え、局地戦でも地球環境の被害を起こす可能性がある
・核戦争の影響は数週間から数十年に渡って多面的かつ長期的に及ぶ


 最新の地球システムモデルやスーパーコンピューターを駆使して、より正確な予測が可能になっているが、データの不確実性や未解決の問題もある。しかしながら、「核戦争は気候・環境・生態系・人間社会に壊滅的かつ不可逆的な影響をもたらし、国家・国際機関は予防と政策決定のための科学的根拠として本論文の研究を活用すべきである」と結論している。

「また、また、落ちた」が素直な印象

  今回の2025年5月14日の航空自衛隊のT4練習機墜落に際しては、2024年4月21本ブログで『「また、落ちた」が素直な印象」』というコメントを書いたが、『「また、また落ちた」が素直な印象』と言える。私の知る限りでも、2017年海自のヘリコプター、2019年空自のF35戦闘機、2022年空自のF15戦闘機、2023年陸自のヘリコプター、2024年海自のヘリコプター、と毎年のように墜落事故が発生してきた。その度に、今まで何回か、自衛隊の墜落に際して、事後調査が不十分過ぎると指摘してきたが、今回も救出救助の作業に隠れて、肝心の事故調査に関する防衛省の戦略的な見解が示されておらず、「ただ、遺憾」という聞き飽きたフレーズのみである。

  2025年5月17日毎日新聞の社説では、「自衛隊機の墜落事故 多発の背景解明が重要だ」というタイトルで「事故原因を究明し、再発防止に向けた対策を徹底しなければならない。・・(中略)・・政府は27年度までに防衛費を国内総生産(GDP)比2%に引き上げる方針だ。しかし、装備の拡充に偏り、隊員の命を守る取り組みが二の次になるようでは本末転倒である・・・」という記事を掲げ、防衛省の詳細な事故調査の必要性を指摘している。

 自衛隊が我国の防衛を担うという性格上、ある程度の秘匿性は許されていたとしても、非戦時下の航空機事故に関しては、民間機同様、外部評価に耐え得るような事故調査報告書を開示すべきである。事故が機体などハード面にあるのか、飛行を管理する管理システムなどのソフト面に問題があるのか、人為的なミス、すなわち、パイロットなど機体を操作する人間に問題があるのか、日頃の機体の整備不良などによるのか、など早急に精密かつ正確な解析検討を行い、開示すべきであろう。戦時という困難な状況下で飛行する自衛隊機が、平時に頻回に墜落する現状では、日本の空の安全は守れないであろう。