戦傷医療と自衛隊の医療体制

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自衛隊衛生任務として平常時の自衛隊の医療施設の主たる役割は隊員の健康管理であり、圧倒的に一般医療職に比し臨床経験が少ない。また、米国に見られるような戦場における軍の医療経験が一般の外科医療に橋渡しされる状況もなく、救急医療の実践経験も乏しいため、現状では生命予後は勿論、四肢の再接着など機能予後にも念頭がおかれた最新の外傷診療に関して臨床能力が十分とは言い切れない。おそらく、自衛隊衛生幹部もこの事態を憂慮し有事における想定訓練も含め各種教育訓練を実施していると思われるが、off job trainingだけで臨機応変な実践対応を迫られる現場に対応し切れるのかという懸念は払拭できない。一方、通常の臨床経験が十分だからと言って、外傷自体も一般外傷と戦傷外傷では病院前治療からかなりの相違があり、救急の担い手である救急医・外傷外科医や救急隊員がそのまま戦場で活動できるとは考えにくい。
「自分の身を守ってこそ、国を守ることができる」という当たり前の金言のために自衛隊衛生の喫緊の課題は、①自衛隊法第4節第52条「服務の本質」の「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に努め、もつて国民の負託にこたえることを期するものとする」という意識の再確認、②戦場における医療の即戦力としての臨床能力、特に外傷診療、の質・量の向上並びに最新化、③戦場における鎮痛剤、特に麻薬の使用や救急救命士法に則らない処置や行為に関する法的整備の確立であろう。
これらのうち、新たに第一線救護衛生員が設置された。現状の救急救命士制度では特定行為はオンラインメディカルコントロール、包括的指示はオフラインメディカルコントロールであり、スタンディングオーダーとしてプロトコルに準拠することにより行われている。しかし、戦闘区域では、オンラインメディカルコントロールは困難であり、全経過中オフラインメディカルコントロール主体とならざるを得ず、衛生科隊員にとってプロトコルに基づいた活動は必須である。そのプロトコルも戦場では処置自体の成否より処置行為自体の可否が重要になるため、平常時とは異なり処置自体についての医学的検討だけではなく、戦況によって処置を行うか否かの戦略的可否も重要である。
 米軍の戦闘死亡者数を減少させたといわれるTC3(tactical combat care)モデルとダメージコントロール、安定化、根本治療への長い搬送の治療の観点から生まれた5階層治療構造は、NATOにも普及し世界の戦場に急速に広がっている。
我国も米軍が数々の戦闘経験から蓄積した「防ぎ得た死亡」に対しての医療体制を整備しなければ戦場での「防ぎ得た死亡」を避けることは不可能である。しかしながら、我国はTC3(tactical combat care)、5段階の治療構造に関して、個々の技術は基より体制や法的整備も不備と言わざるを得ず、あまりにも自衛隊員の命が軽い。
戦傷医学も、出発点としては救命のためのbasic life support(基礎的救命処置)から始まるが、通常診療のようにbasic life support(基礎的救命処置)からadvanced life support(高度救命処置)に高度化するのではなく、basic life support(基礎的救命処置)からdedicated life support(専門的救命処置)に専門化を必要としている。そのため、日常の救急医療の担い手がそのまま戦場では活動できず、戦傷医学に専門化した教育と訓練が必要である。