軍事的な抑止力だけでは尖閣は守れない

『政府、尖閣上陸阻止で「危害射撃」可能 中国公船を念頭に 見解』という報道があった。記事では、「危害射撃」という警察官職務執行法ではなく、中国が施行した海警局の武器使用規定を明文化した「海警法」への対抗策が必要という、いわば、交戦規程に係る法律論が主な論点であった。突き詰めれば、自衛隊が「軍隊」ではないため、既存の法律の拡大解釈で、中国の軍隊に対する方策を絞り出している現状から生まれた議論や結果である。

 確かに中国の軍事的な圧力に対しての軍事的な抑止力は必要不可欠である。しかしながら、以前から主張しているように、軍事力は軍事的な装備や能力だけで評価されるべきものではない。戦闘に参加する者、巻き込まれる可能性のある者、さらに、敵国や難民に対する医療が軍事力を支えている。尖閣という本土から著しく離れた地域からの重傷者搬送体制すら不十分と思われる現在の自衛隊を持つ日本には中国と交戦可能な医療体制を持っているとは考えられない。「軍事力だけでは人は救えない」「国の基礎となる人を救えない者は国を救えない」という当たり前のことが当たり前のように議論されないまま、軍事的な対抗策のみを論じている。

 度重なる中国公船の尖閣領域侵犯では傷病者がいつ発生してもおかしくない状況であるにも拘らず、有事の備えの医療体制の拡大充実を考えていない防衛省・政府関係者は犠牲者が出た時に従来通りの「予想外の出来事」「不測の事態」と言葉を繰り返すのであろうか?もっと真剣に現実的に国防を考える政治家が望まれる。

自衛隊は自らの力で、本当に事故検証が出来、かつ、それが生かされているのか?

 2月20日『空自隊員が戦闘機パイロット訓練中墜落死』という報道があった。報道では『岸信夫防衛相は防衛省で記者会見し、「痛恨の極み。このような事案が再び発生しないように万全を期していきたい」と述べた。』とある。

 2018年10月2日のフィリッピンでの自衛隊の事故に関して、⻘⽊伸⼀⽔陸起動団⻑は『痛恨の極み、前原 2 曹のご冥福を⼼からお祈り申し上げる。今後とも訓練の安全管理に万全を期す』と同じような言葉を述べている。

 2019年4月9日起こったF35a戦闘機の事故は『パイロットの平衡感覚喪失にともなう人的要因の疑いが強い』と発表したが、空間認知失調とほぼ断定し、何故飛行経験を積んだパイロットがこの時に空間失調が起ったのか等詳細が検討されていないため、今後の十分な対策を論じていない。

 また、本年2月9日の潜水艦衝突事故の報道でも、岸防衛大臣は『事故の原因は現在、海上保安庁が調査中で、防衛省・自衛隊として全面的に協力していく」と述べるとともに、海上幕僚監部に事故調査委員会を設置し、事故の原因究明と再発防止に全力をあげる』と述べているが、詳細は未だ発表されていない。

 生命危機をもたらすような事故がある度に、『万全を期す』という定型句を聞かされているが、本当に十分な検証が行われ、その結果が現場に生かされているのであろうか?軍事機密あるいじゃ国家秘密という名の下の隠ぺい体質で、客観性を持った検証が行われていないとしか思えない、昨今の事故の多発である。

『海自潜水艦、貨物船と衝突』の原因は見張りのミス?? これで国の安全は守れるのか?

 『海自潜水艦、貨物船と衝突』という報道の中に、『通常、潜水艦が浮上する際は、海面に船舶がいないかどうかを潜望鏡やソナーで事前に確認する。海保や自衛隊が原因を確認中だが、海自幹部は「船から潜水艦は見えず、絶対にあってはならない事故。ソナーなどによる見張りにミスがあったのではないか」と話した。』とあった。これが事実なら、あまりにお粗末な話である。

 潜水艦は『「究極のステルス兵器」とも称されるように、潜航時の隠密性が非常に高く、情報収集や急所をつくための戦略兵器としても重宝されている』ものであるため、貨物船から見えるはずがなく(逆に、もし貨物船から見えるようなら潜水艦本来の機能を果たせていないに等しいが)、潜水艦に回避義務があると一般的には考えられる。

 潜水艦の目的として、待ち伏せ攻撃、通商破壊、自国周辺海域での哨戒任務、敵港湾基地に侵入しての偵察任務、敵制海権下での機雷敷設、敵勢力下での物資運搬、特殊部隊揚陸、が挙げられる。四方を海で囲まれた日本の防衛には、潜水艦はその目的からしても重要な事は論を待たないし、最近尖閣諸島への領海侵犯を繰り返す中国への抑止力としてさらに重要性が増している。そのような重要な任務を持った潜水艦の乗組員がお粗末では、日本の海は安全とは言えない。徹底的な原因究明と対策が望まれる。

新型コロナウィルス抗体保有率と推測される「知らずに感染し、自然治癒していた人」:市中感染症の可能性大

 新型コロナウィルス保有率は2020年6月のデータでは、東京0.10%(一般人1,971名対象)、大阪0.17%(一般人2,970名対象)、宮城0.03%(一般人3,009名対象)であった。この結果から、『新型コロナウイルス感染者の累積数と比べると、抗体保有率はやや高くなっており、この差は「知らずに感染し、自然治癒していた人」と考えることができる。▼東京都の人口を1400万人とすると、8700人程度(抗体保有率0.10%-累積感染者割合0.038%=0.062%)▼大阪府の人口を890万人とすると、1万3000人程度(抗体保有率0.17-累積感染者割合同0.02%=0.15%)▼宮城県の人口を260万人とすると、700人程度(抗体保有率0.03-累積感染者割合0.004%=0.026%)―のみが、「既に感染して自然治癒し、一定の耐性を持っている」と考えることができる。』と推測している。

 2020年12月のデータでは、東京0.91%(一般人3,399名対象)、大阪0.58%(一般人2,746名対象)、宮城0.14%(一般人2,746名対象)であった12月時点での累計患者数は東京41,302名、大阪20,657名、宮城1,221名であったので、12月の累積患者割合は東京0.30%、大阪0.23%、宮城0.05%であり、上記同様の計算法を用いると、「知らずに感染し、自然治癒していた人」は東京85,400人、大阪31,150人、宮城2,340人と推測できる。

 『理論的には人口の60〜70%が抗体を持つと集団免疫ができると言われている。田村憲久厚労相は五日の閣議後記者会見で「(今回の調査結果は)1%足らずなので、集団免疫というような話ではない。』と報道されているように、集団免疫獲得の一側面だけが強調されているが、「既に感染して自然治癒し、一定の耐性を持っている」人の増加は『知らずに感染し、自然治癒していた人』を意味しており、市中感染を十分に予測される推測数に達しており、単純な居酒屋規制や行動制限ではなく、もっと高い次元からの全国的な公衆衛生学的アプローチが必要とされる時期に来ていると思われる。

『人類が新型コロナに打ち勝つ』という発想が『新型コロナウィルス』対策の後手後手の源

 菅義偉首相は1月18日午後の衆参両院本会議で施政方針演説の中で『夏の東京オリンピック・パラリンピックは「人類が新型コロナに打ち勝った証し」として「世界中に希望と勇気をお届けできる大会を実現するとの決意の下、準備を進める」と語った。』との報道があった。この言葉に実に違和感がある。 

 ウィルスは人類同様自然界に存在し、人類はインフルエンザウィルスも含め、従来から様々な影響を受けてきた。すなわち、ウィルスの発生増殖は自然現象とも言える。天然痘のように世界撲滅宣言が出された感染症もあるが、感染症が世界から撲滅されることは一般的には稀である。

 新型コロナウィルスは現時点で根本的な抗ウィルス剤がない限り根本治療は不可能であり、重症者には人間の自然治癒力を期待しつつ、生命維持装置にて支持療法を行っている。ワクチンがさも特効薬のように巷で報道されているが、これとて人間自体の免疫力に依存しているものであり、特効薬というより予防・軽減策である。学問的に考えた場合、根本治療薬が開発されない限り『新型コロナに打ち勝つ』ことは、不可能であり、如何に新型コロナウィルスと共存していくか、また、如何に重症化を防ぐか、が望まれている。すなわち、感染するか否かよりも、重症化を如何に防ぐかが喫緊の課題と言える。

 新型コロナウィルスを絶滅できない以上、対策の中心にするべきは、あくまで感染の動向を見据えた長期的な展望と戦略であり、感染対策と全く無関係な『オリンピックを新型コロナウィルスに打ち勝った証』という態度は、オリンピックを行うための詭弁にしか聞こえない。

特措法改定で罰則規定を設ける事にはもっと踏み込んだ議論が必要である

 特措法に関しては、『法律の適用対象や適用時期を区切ることで、いわゆる「狙い撃ち」が可能となることが考えられ、これが日本国憲法第14条に定められている平等原則に違反するかも問題となる。』が『立法府と行政府の関係が決定的に破壊されることがない場合においては、当該立法がただちに権力分立に違反するものではないとする。』『平等原則に関しても、当該立法が社会国家の要請に基づく実質的合理的な取り扱いの違いを設定する趣旨のものであれば、これがただちに平等原則に違反するものではないとする。』との解釈がある。

 法律的な解釈を論議すべきことも重要であるが、一般的には『公共の利益を守るため、個人の権利を制限する』という考え方をどこまで認容するか?が大問題である。倫理でも『二重忠誠』の問題、つまり、公共の利益を優先するか、個人を優先するか、は常に問題になっており、答えは常に一様ではない。また、民主主義の多数決は決して少数者を擁護しないからこそ、少数者を慮る必要がある。

 飲食店や居酒屋の営業を行い生計を立てることは憲法で保障されている基本的人権である。これに対して、特措法を改定して自粛要請ではなく、罰則を伴った自粛強制にするのであれば、COVID-19の感染源として飲食店や居酒屋が明らかに感染源となっている科学的証拠を示すべきであろう。当初、目の敵にされたパチンコ店は本当に感染源として科学的な証拠に基づく措置であったのであろうか?単に人が密になるという曖昧な感情や推測に基づいて言われたのではないと断言できるのであろうか?。当時を振り返ると、政府や行政組織、一部の政治家やマスコミに煽られた感は否めないし、今回も同じ臭いや風潮が感じ取れる。先日紹介したrapid expert consultation on understanding causes of health care worker deaths due to COVID-19 pandemic(December 10,2020)の中で『Duke University Health System(北カルフォルニア)の前向き研究では、38%が市中肺炎、22%が医療関連、40%が不明であった。院内感染の内、70%が他の医療従事者に対するマスクをしない暴露であり、30%がCOVID-19患者の直接ケアによるものと判断された。』という報告からは、もはや飲食店や居酒屋が主なターゲットではなくなっていると考えられる。一方、我国ではこのような科学的データが一切公表されず、ただ漫然と感染者と重症者の数のみが公表されて、毎日毎日増えた!増えた!と危機感のみが煽られている。

 悪行をなしている訳でもなく、ただ生計を立てているに過ぎない日常の生活行動そのものが、公共の利益という名の下に、『悪』のように世間で評価判断されてしまっている飲食店や居酒屋の昨今である。マスコミも連日のように飲食店や居酒屋の功罪を取り挙げて市民を煽り、自粛要請を断った飲食店や居酒屋を『悪』と決めつけ一部の政治家は声高に特措法に罰則規定の盛り込みを叫んでいる。

 しかしながら、特措法自体は個人の生活権を奪う可能性があり、まして営業自粛要請拒否に罰則を課すとなればさらに個人の権利を著しく奪う行為になる。当然のことながら、政府や政治家に絶対的な信用信頼があってこそ、実践できるものである。支持率低下に踊らされ右往左往している政府、公共の利益のみで個人の権利を訴えないマスコミ、に煽られず、冷静な議論が今こそ必要である。特措法に罰則規定を盛り込めば、例えば、COVID-19患者の入院要請を断る医療機関に罰則規定を適用するなど、あらゆる機関や組織に、『公共のため』という大義名分の下、足枷手枷がはめられ、政府に従わないものは『悪』という事態を招きかねず、極論すれば第二次世界大戦時の風潮に似たものになってしまう危険がある。

 1924年大政翼賛会と新聞社が国民決意の標語を募集した大東和戦争一周年記念の企画で選ばれた戦時中の有名な標語『欲しがりません勝つまでは』が独り歩きを始め、当時の政府に踊らされ、悲惨な戦争に走らされた我国である。政府や一部の政治家、マスコミの踊らされ過ぎてしまって国家の安定と秩序の崩壊が生まれた時代を忘れてはいけない。

 特措法に罰則規定を加えるを与党野党共にあまりにも性急に来年早々には発令されるかのような展開であるが、市民はこれに踊らされず、冷静な議論を要望すべきである。

COVID19による医療従事者の健康被害について

 菅総理は世論に押されて(恐らく支持率急落のせいと思われる)、ようやくGO-TOキャンペーンの中止と医療への新たな支援策を発表した。しかしながら、現時点ではもはや寄付金や補助金による医療支援よりも、別の次元、すなわち医療従事者の健康被害、特にメンタルヘルスケアへの支援が重要となってきている。医療を支援する最高責任者として総理の言葉あまりに空虚である。

 健康被害についてについてThe National Academies PressのRapid Expert Consultation on Understanding causes of Health Care Worker Deaths Due to the COVID-19 pandemic (December 10,2020)の要点を紹介する。

①過去の感染症と医療従事者の健康被害

感染症 時期 医療従事者感染率
SARS 2003年 1,707名/8,098名(21%)感染
Ebola 2014年から2016年 リベリア:8%以上が死亡(全体では0.11%)
シエラレオネ:0.06%感染し、6.7%死亡
ギニア:0.02%感染し、1.45%死亡
COVID-19 2020年3月1日から5月31日 6%感染(内28%が重篤でICU)

②適切なPPEと普遍的マスク着用命令(universal mask mandate)のない環境の医療従事者に多かった。職場で発生したものか、コミュニティで発生したものなのか、は不明であった。COVID-19関連の死亡は職業的COVID-19暴露による死亡、疲労・ストレス・燃え尽きのようなCOVID-19により悪化した状態に起因した死亡であった。

③OSHA(Occupational Safety and Health Administration:米国労働安全局)はCOVID-19による死亡を有害物質あるいは環境への暴露に分類している。特にOSHAカテゴリーは職業的後天性感染による死亡をカウントしていない。医療従事者の疾病と死亡につながる針刺し事故のような事故の場合は職業的原因は明らかであるが、感染がコミュニティに蔓延している場合は、医療従事者個人はコミュニティ暴露よりも職業的暴露ということが困難となる。原因を一つに絞ることは困難であるが、医療従事者における過剰な病気、入院、死亡を調べることは一般市民と比較して全体的な被ばくの危険を示している。  公衆衛生上の緊急時には医療従事者のリスクは軽く見られやすいが、COVID-19パンデミックの中でも当てはまる

④ 医療従事者のCOVID-19感染調査と結果

COVID-19関連医療従事者傷病者数
2020年11月3日 CDC COVID Data Tracker 786名死亡 CDCの医療従事者の感染についての情報収集メカニズムは地元の保険部門に依存していて、2020年5月まで職業タイプと職種はコロナウィルスケースレポートに追加されていなかった。
2020年2月12日から7月12まで2,633,585名米国COVID-19症例 571,708名(22%)の職位が有効で、内100,481名(18%)が医療従事者と判明した。
Centers for Medicare & Medicaid Services(CMC) Data base:2020年7月26日 COVID-19感染及び疑いによる医療従事者12,348名の死亡

⑤COVID-19の医療従事者のメンタルヘルスに及ぼす影響

COVID-19パンデミックが医療従事者のメンタルヘルスに与える影響を評価するためのデータは燃え尽きや自殺の蔓延は限定的ではあるが大きな懸念を指摘している。2020年3月の中国でのCOVID-19最前線の医療従事者の研究では、不安、鬱、不眠、苦痛という重大な精神的及び心理的影響が見られた。大規模自然災害の犠牲者と同じようなレベルで医療従事者1,557名の1/3のPTSDを報告した2003年SARSアウトブレークのトロントのような過去のパンデミックでも見られる。COVID-19や地域のSARSのようなパンデミックがない時でさえ、医療従事者のメンタルヘルスリスクは高い。2017年44%の医師がMaslach Burnout Inventoryスケール感情的消耗と離人症の定義で定義されている、燃え尽きの症状を経験したと報告している。他の研究では特に女性の医療従事者が自殺リスクがあり、女性の登録看護師が自殺率の高いトップ6位のグループに入っている。医療従事者に課すメンタルヘルスの重荷の全範囲は不明であるが、COVID-19による死亡率として、パンデミックに関連した死亡調査は国内システムも報告基準もない。

⑥医療従事者の保護策としての普遍的マスク着用指示とPPE着用

 2020年9月、Nguyen等の医療従事者99,795名を含めた一般コミュニティの2,035,395名において2つのグループにおけるCOVID-19の症状の発展をモニターしたコホート研究では、一般に比べてCOVID-19テスト陽性が3倍高かった。追跡分析ではCOVID-19にかかるリスクは不適切なPPE供給や使用、特定の臨床設定(入院患者やナーシングホーム)、マイノリティの人種/民族性が含まれると推測した。Duke University Health System(北カルフォルニア)の前向き研究では、38%が市中肺炎、22%が医療関連、40%が不明であった。院内感染の内、70%が他の医療従事者に対するマスクをしない暴露であり、30%がCOVID-19患者の直接ケアによるものと判断された。

「新型コロナウィルス感染症対策としての自衛隊派遣について」考える

 岸防衛大臣が12月8日夕方に旭川市に自衛隊看護官の派遣命令を下すという報道の中で、岸防衛大臣は8日午前中の会見では「要請をそのまま受け入れるのはかなり困難を伴うのではないか。」と述べ、今後の派遣も慎重に吟味していく考えをにじませた、という一文が載っており、派遣は苦渋の選択であった可能性がある。その背景を考えてみた。

 自衛隊の災害派遣について原則的に考えてみる。まず、新型コロナウィルス感染症は「災害」なのであろうか?「災害」とはWHOの定義によれば、「影響を受けた地域において、地域自身の持つ医療資源のみでは対応し切れないような、広範囲の人的、物的、環境的損失を引き起こす社会的機能の深刻な混乱である。」とある。今回の新型コロナウィルス感染症の蔓延は確かに緊急事態ではあるが、あくまで広範な人的損失であり、その点では多数傷病者発生事案である。また、本当にその地域の医療資源が著しく損なわれ社会的機能が深刻な混乱に陥ったとは必ずしも思えない。

 さらに、自衛隊の災害派遣の3原則は、緊急性、公共性、非代替性、である。差し迫った必要性がある、 公共の秩序を維持するため人命又は財産を 社会的に保護しなければならない必要性がある、という2点においては十分原則を満たしていると言える。しかし、 部隊が派遣される以外に他の適切な手段がない、ということを満たしているとは必ずしも言い難い。医療行政の将来展望の甘さが招いた事態ともいえるからである。

 厚労省の地域医療構想による、①感染症病棟が2000年の2,396床から2018年の1,882床までに減少、②高度急性期・急性期の機能を担うことが多い公立病院の統廃合計画、③効率一辺倒で余裕のない地域医療構想のスタンス、等の医療改革進行中に起こった今回の新型コロナウィルス感染症である。「感染症病床、必要な集中治療室等の機能」を減少してきた結果として、今回の稚拙かつ貧弱な対応を生んだと言っても言い過ぎではない。

 現在の診療報酬では病院は90~95%の病床利用率を維持しないと黒字にならない構造であるが故に、今回のコロナ危機では患者の7割を公立・公的病院が受け入れた。すなわち、コロナ患者を受け入れやすい高機能病院では公立病院の割合が高いだけではなく、公立病院の病床利用率が民間よりも低く、結果的に患者を受け入れる余裕があったためとの推測もある。(二木 立:コロナ危機後の医療・社会保障改革)。すなわち、本邦の病床数の約6~7割を占める民間病院は新型コロナウィルス対応に十分向かうだけの体力がない。このことは当初から厚労省の十分承知していたはずである。

 また、自衛隊の感染対策の目的は、疾病としての感染対策ではなく、兵器としての微生物テロに対する国土防衛である。しかも、衛生部隊は基本的に部隊運用であり、衛生部隊のみの独立した運用は行われないはずである。自衛隊の運用上、看護師のみが派遣されるということは異例の事態である。本来の感染対策の目的が異なっているだけではなく、自衛隊の運用自体の在り方も問題と言わざるを得ない。

 自衛隊の存在意義、原則を鑑みた場合に、今回の件も含め政治の道具として政治家や行政のパフォーマンスに安易に利用され過ぎていることを憂いでいる。岸防衛大臣もこのことを憂いた結果の8日午前中の発言と信じたい。自衛隊幹部自体の上昇志向を見透かされて、挙句、 自衛隊の本来の在り方についての 意識が著しく低下している。表面的な「愛される自衛隊」の姿だけではなく、本来のあるべき姿、国ためにどうあるべきか?自衛隊自身が声を発する時期である。

『日本学術会議』をめぐる議論

様々な意見があるが、元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一 氏の意見、『 学術会議が政府の機関で、会員は国家公務員である以上、政府の任命に裁量があるのは当然だ。それが不満であれば、学術会議を民営化すればいい。学術会議が民営化を望まなかったのであれば任命に従うのは当然だ。その場合、政府による任命は「人事」であるので、その理由は述べないのが普通だ。そもそも人事に説明責任がないのはどんな組織でも同じだ。』が妥当と思われる。

 学術会議が政府の機関である以上、人事権は政府にある。会社組織に例えれば、『なんで私が部長に選出されないの?』と不満を周囲に漏らし、かつ、何故選ばれないのか理由を示せ!と言っているようなものである。もちろん、会社は人事選考の理由を明かすはずはないし、社会通念上余程のことがないとそのことには誰も文句を言えないし、文句も言わない。すなわち、単純なん人事が行われただけのことである。

 この人事問題に関して、 声高に『学問の自由が脅かされる』と叫んでいる方々がいる。しかし、日本学術会議の会員が推薦通りに選出されないと 本当に 学問の自由が失われるのであろうか?答えは『否』である。学問の自由は日本学術会議がなくとも侵されることはない。では、多数の学会や研究会が存在する中で、日本学術会議とは、何のための組織であるのだろうか?

 今回の騒動は、この人事問題を通して、『日本学術会議』の存在意義も含めた在り方を問い正す良い契機と考えるべきであろうと思われる。

「死んでも4時間後に生き返る」前提の訓練では自衛隊は国を守れない

二見龍氏の『「死んでも4時間後に生き返る」自衛隊が現実離れをした訓練を続ける根本原因』の寄稿を読ませて頂いた。これが現実・真実であれば、自衛隊には医療が不在・不要である。正に、この思想が一昨年のフィリピンでの訓練における負傷兵の死亡につながったと思われる。銃後の守りとしての医療の存在無くして、自衛隊員は国を守ることは不可能である。フィリピンの事故での教訓が未だ生かされていない現状では『自衛隊は戦わないことを前提』とした集団と言わざるを得ず、ただの災害救援救助組織である。もっともこれは国防の観点からも重要な任務の一つではあるが、本来の業務である『戦闘してでも国を守る』任務は困難、いや不可能、と思われる。